I君の思い出最終回〜I君がいなくなる〜

I君の思い出。最後。

I君がいなくなった。突然であった。中学三年の初めくらいだったように思う。どうも何か事件を起こして、施設に入るという情報が有力だった。犯罪の内容は、そこまで大それた物ではなかったけれど、少年の人生に打ち止めをかけるには十分なものだった。母親たちの間でもこの話題はタブーになっていった。

なので中学三年にはI君は登場しない。

みんなぜんぜん悲しくなかった。僕もそんなに悲しくなかった。みんなもともと親しくなかったし、僕はビートルズに夢中でそれどころではなかったのだ。I君は忘れられた。

それからしばらくし、受験も真っ只中の季節に道端でI君にばったり出会った。僕は彼を見て少し老けたように感じた。事件のことには触れず、久々に普通の会話をした。それから「今度、一緒にゲームでもしようよ。」と告げた。彼は「まぁ、良いよ。」と答えた。ぶっきらぼうな返事だが、表情は明るかった。その場は結局僕が家に電話をかけて改めて誘うということで合意し、別れた。ぼくらには携帯なんてなかったころの話である。

それからしばらくたち、高校受験も終わって町をぶらぶらしている時に、ふとその約束を思い出し、I君の家に電話をかけた。
「はい、Iです。」
電話に出たのは母親だった。I君の母親はよそ向きのすごく明るい声で応答した。しかし
「あ、I君の友達のものですけど…」
と僕が告げた瞬間、彼女はすごく冷たい声で
「Iはいません。」
と答えた。僕は困惑しつつ、約束だけでも取り付けないと、と思い
「I君と遊ぶ約束をしてるんですけど…」
と伝えた。すると彼女はもっと低いトーンでこう言った。
「Iがそんな約束するわけありません。」
そして反論の余地を一秒も残すことなく、電話はすぐさま切られてしまった。

僕はそのときすごく悲しかった。I君が社会から切り離されて生活していくであろうこと。もうI君と会うことはないだろうことが、その瞬間に理解できたからだ。それ以降I君の思い出は増えていない。

おわり

I君の思い出ぁ腺彪の登下校〜

I君、中学校にて。四回目。

I君は小中学生時代の僕にとって生きたエンターテイメントであった。意味不明のB級カルトムービーのような存在であった。皆が彼の珍奇な行動に目を背けるにつれ、僕は彼の行動に注視していったのだ。

ある日僕は彼に、自分は若ハゲの気があり、抜け毛が多いという旨のことを告げられた。差し伸べるべき手をまったく持ちあわせていなかった僕は、特に何も言わなかった。言ったとしても記憶にない。

それから数日して、僕は下校中のI君が何かのビンの液体を頭にふりかけながら歩いているのを目撃した。内心「まさか」と思いつつ、彼に歩み寄り真相を尋ねた。

「育毛剤さ」

彼はすごく誇らしげだった。それから毎日の登下校時、彼は育毛に余念がなかった。育毛剤を注し「ながら」登校し、育毛剤を注し「ながら」下校していた。誰も見ていない道でもかれの育毛剤をふる手は止まらなかった。僕はそれを奇妙な気持ちで眺めていた。

惜しむらくは、彼の熱意に反比例して、毛髪が凄まじいスピードで後退していったことだけが不憫でならない。

いもやの思い出〜野武士編〜

真っ白な背景に、男筆でこれでもかと描かれた落ち武者のような男が一人こちらを睨んでいる。そして血走った筆文字で一言。
『野武士』

このシンプルなジャケのスーファミソフトが我々の心を大王様に続いて捉えた異常玩具であった。
値段は10000円以上と、確実に店内最高値を誇っている。
しかし全貌が謎に包まれている。
僕らはこのゲームの存在にかなりの想像力を使った。

「何ゲームなんだ?」
「なぜこれだけ置いてあるのか?」
「野武士って何だ?」
「野生の武士なのか?」

当時、『魁男塾』を小学生のくせに愛読していたMは図太い声で「おとこ!」と絶叫する世紀末な一発ギャグに続き、全く同じフォーマットで「野武士!」と叫ぶ一発ギャグを考案し、一同(二名)に大ブームを巻き起こした。それほどに『野武士』はセンセーショナルな存在だったのだ。

しかし、あまりに高価すぎるために『野武士』を購入する勇者は現れず、そのまま野武士の全貌はわからずじまいになってしまった。

それから10年。秋葉原GOODMANでのライブのついでに秋葉原のレトロゲームの店でBと供に『野武士』を探したが発見できなかった。

そして今回、ネットで検索したが、なんとひっかからず!どうやら世間的には完全に無かったことになっているゲームのようだ。となれば僕ら三人は日本のなかで最も「野武士」と口にした小学生であることは間違いないだろう。

誇りにしていこうと思う。
おわり。

追伸、野武士に関する情報をお持ちの方、是非連絡をください。

いもやの思い出◆漸仞餌膕κ2〜

『火星大王』を自らの物とすべく『いもや』に突入を決行した三人だったが…。

おそらく数十年間その場を動かされたことの無い『火星大王』がついにMの手で棚を離れた。尋常じゃないほこりをかぶっていたが意外に外箱は綺麗だった気がする。

「これください」

仕入れたことすら忘れていた意味不明の玩具を手にした餓鬼がレジに立っている。
レジにいた店の息子もさぞ正気を疑ったろう。

しかし問題はここからだった。

突然彼はおもむろに「それじゃあ、ちょっと動くか中身を確認するよ。」
と言って箱を開けて大王様を取り出したのだ。
そのときに大王様が一瞬見えたが、かなり神々しいブリキボディをしてらっしゃったと記憶しております。
そしてひとしきりいじってから
「これは壊れてて動かないから、売り物にはできないな。」
と言ったのだ。
Mは壊れていても大王様は大王様です!と購入を強く要求したが
「こわれた物を売ると店の質が疑われる。」
と、ゴミ同然の商品をズラリと並べた棚に囲まれて平然と言ってのけた。

大人にそこまで言われて、食い下がる子供がいるだろうか。
僕らは肩を落として帰ったのだった。
Mを慰めながら。

しかし今考えるとあんな古い玩具の電池が生きているはずも無く、動かないのは当然だったのでは?とも考えることがある。つまり、古い玩具を前にして「価値があるのでは」と思い立った店員が無理やりMから大王様を奪い去ったとも邪推できるのだ。真実は闇の中。

そしてその後、僕らの興味はゲームソフトに何の縁もない店内に何故か一本だけ大事そうに陳列された『野武士』という男汁はじける異様なスーファミソフトに移っていった。
しかし『火星大王』様は幼少の切ない思い出のシンボルとして未だに心に君臨していらっしゃるのです。

つづく。

いもやの思い出 漸仞餌膕κ圍院

こいつを見ていただきたい

http://www.mononokekanko.com/mono/36/01.html

彼は「火星大王」というかなり古い玩具である。
僕は彼に並々ならぬ思い出がある。

小学校時代の僕らには、『いもや』という駄菓子屋が溜まり場になっていた。
『おもちゃのNき』という店名で、今まで一度たりとも芋類を売っている状況に出くわしたことは無かったが、何故か『いもや』と呼ばれて繁盛していた。いまだに理由はわからない。

店は母親と息子と思しき親子で経営されており、息子はキャッチボールの相手などをしてくれ、夕飯時には母親が夕飯の残りを客に振舞うというかなり暖かい店だった。

当時、僕と友人のB(元オワリカラベース)とM君の間で、そのいもやの片隅にある超珍妙な玩具に大きな注目が集まっていた。『いもや』は売り物というにはボロボロすぎるほとんどゴミに近い商品を平然と並べており、かなり異質な空間を形成していたわけだが、中でもこの意味不明の玩具は十分に大王としてのインパクトを放っていた。

「どこが火星なのか。」
「どこが大王なのか。」
「価値がある物なのではないか。」

と僕らは遥か遠い火星を闊歩する大王に思いをはせた。

そしてある日、今思うと相当気がブレていた友人のMが
「我慢ならねぇよ、俺、今日火星大王を買いに行く!」
と宣言したのだ。
一同(二名)に戦慄が走る!
そして放課後に3000円という超大金(当時)を手にしたMと以下二名で『いもや』に突入を決行したのだ。

つづく。

I君の思い出〜I君の母親〜

I君の母親について、書きます。I君に関して三回目。


I君の母親は物凄い変わり者であった。過保護の限界に挑戦する勇敢なチャレンジャーのような女だった。彼女の異常具合には目を見張るものがあったと言わざるを得ない。

学芸会はとにかく衝撃だった。たしか二年生の学芸会で、演目はピーターパンであった。何幕かあるうちの第二幕のピーターパンをI君が演じることになったのだ。別に誰でも良かったので、やりたがったI君になったのだろう。しかしクラスメイトのそんな軽い気持ちは本番当日に木っ端微塵にされる運命にあった。
それは第二幕の準備中。舞台裏にI君の母親が突然侵入してきたのである。そして彼女はデビットボウイも顔負けのきらびやかな衣装をI君に着せたのだ。これは本当にきらびやかだった。比喩でなく、文字通り軽薄に光り輝いていた。母親は息子のグラムなピーターパン姿に満足そうだった。
しかし第一幕では他の少年が演じるピーターパンが緑の地味な衣装で活躍していたのである。それが第二幕になったとたん突然ジギースターダストのような衣装に変わっているのだ。一体、第一幕と二幕の間に何があったのだろうか。ピーターパンは金持ちのパトロンでも見つけたのだろうか。幕間を読む天才でも推測できまい。


遠足も震撼を呼んだ。電車で行く遠足の時には、わが子のことが心配な母親が駅まで見送りに来ることは結構よくある光景だった。もちろんI君の母親は最前列で心配そうな顔を全面に押し出していた。
しかしそのあと奇妙なことが起きた。感動的な別れのシーンのあとにI君の母親がI君に付いて改札の中に侵入してきたのだ。「すごい過保護な母親だなぁ。わざわざホームまで見送りにくんのか…」と僕は子供ながらかなり呆れていた。しかし彼女がI君にくっついて電車に乗り込んできたとき、僕の呆れ顔は衝撃で歪んだ。彼女は遠足の目的地の駅まで付いて来たのである。

こうしてみると、よく侵入してくる母親だといえる。

I君の思い出◆腺彪の嘘〜

I君は嘘つきだった。彼は典型的な天邪鬼だった。
ある日彼は「俺はトラを飼っている」という子供でも数秒で嘘と結論できる嘘をついた。あまりに意味のない、得るもののない嘘に僕はすごく切ない気持ちになったのを覚えている。同時にメチャクチャ面白かった。
「トラは凄い。強い。」いささか馬鹿っぽすぎるが、まぁ、大体こんな感じのことを彼は続けて言った。僕らは笑った。僕らの中のガキのくせにちょっと頭の切れる少年が「じゃあ、トラの名前なんつーんだよ?」とすぐさま質問を浴びせた。I君はマンガのように一瞬焦った顔をしてから、ぎこちなく答えた。

「き…キラー。」

怖い、強いトラだからキラー。殺し屋。僕はそのイノセントな即答に心から震えた。

それから数ヵ月後、意地悪な男子の「今日お前の家行くからキラー見せてくれよ」という質問にI君が「キラーは病気で死んだ。最後には何も食べなくてオリの中で死んだ。だから見せれない。」と答えたことでいきなり死んだことになってしまった。ちょっとデティールの細かい死に方が良かった。「凄い強いトラのくせに、病気であっさり死ぬんだな」と思った。

I君の思い出 腺彪の作曲〜

僕は最近毎日作曲をしている。そういう環境にいるので、結構普通のことだといえる。だけどそうでない人から見ると「作曲なんて凄いですね!」となることがあるらしく、「さぞ大変なんでしょうね…」と輝かしい瞳を向けられることがたまにある。ちゃんと大学に行って、授業に出ることの方が数倍労力を要することを知っている僕は、いつもどおり「そんな…」とどもりながら苦笑いする。さぞ情けない風体だろう。

そんな僕にも作曲との出会いがある。それがI君の作曲であった。そこでI君の話を少々。

小学4年生くらいの時のことである。あるつかの間の休み時間に、僕は一階から教室のある上の階を目指して駆け上がろうとしているところだった。その時、突然頭上から奇妙な歌が耳に飛び込んできたのだ。

「♪ルルル、殺す殺す殺す ♪ルルル、殺す殺す殺す」

あまりに奇抜な歌詞と、プロレスの入場曲風の狂熱のメロディに一瞬で心を奪われた僕は、この歌の発生する地点を目指して駆け出していた。そしてそこで階段を悠然と降りてくるI君と出くわしたのだ。その歌は間違いなく彼の口からドロップされていた。僕は駆け上がってきた勢いそのままに「その歌何っ!?」と疑問をぶつけた。彼はさも当然といった表情で

「俺の歌。」

とだけ答えた。そして歌のリズムにきっちり合わせて階段を下りていったのだ。そのあとには興奮で動けなくなった僕だけが残されていた。

今思えば、彼は自分のライフスタイルを彩るために、自分の階段の上がり下がりのテーマ曲を作曲したのだ。それはすごく純粋な作曲ではないだろうか。
今でもふと思い出す。彼は何を殺したかったんだろうかと。

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