<< デヴィッド・ボウイと『私の死』 | main | さらばゴジコレ、忌まわしき記憶と共に >>

いつもの禁煙席

最近は、結構な頻度で同じファミレスの同じ席に座る。
近所のファミレスがどんどん閉店したり、営業時間を短くしたりしていて、夜中に入れるファミレスが1つだけになってしまったから、いつも同じファミレスに行かないといけない。
あまりに来るので店員に、この人毎日来て何してんだろう、という顔で見られている。
そこで、歌詞を書いたりしようと思うんだけど、数時間座っていて特に何もできない日もある。
ますます怪しい。

僕やバンドのツイッターを見てくれてる人は察していると思うけど、オワリカラは今怒濤の制作期間で、毎日曲を作っている。
年始からスタジオに入って思いつく事を全部試している。
これで4人が全てを出し尽くしてしまい、残りカスになってしまっても良いというつもりでやってる。
穏やかに長く続けたいという、延命の気持ちはさらさら無い。
(まったく非人間的なバンマスだ。)
ただ作れるかぎり、4人で作りたいだけだ。
ついこの間のスタジオで最後の一曲の形が見えてきて、曲はできあがった。
曲の満足度はめちゃ高い。
もしこれでダメなら、ダメだ笑。(禅問答)
歌詞の大部分は曲と一緒にできる。
あとは、残り少しの部分の歌詞を書ければ、この曲たちを届けるために動き出せるというとこまできた。


その、あと、わずかな歌詞がまだできないわけだ。
「良い歌詞」に仕上げたり、「オチ」をつけたりは出来るはずだ。
でも、僕がオワリカラで書きたいのはいわゆる「良い歌詞」とは少し違う気がする、心の裏をくすぐる「気持ちの良い言葉」。
この曲と合わさったら、さらに気持ち良くなれる言葉。
それがそもそも「歌詞」か笑
堂々巡りになってきた。
まぁ、でも頭で考えても出てこないから、考えないようにしている。
だから、こうしてファミレスの席にただ座っている。
今日も。


追記、
ここまで書いて、
ふと、自分が知ってる数少ない谷川俊太郎の詩を思い出しました。

「私はただかっこいい言葉の蝶々を追っかけただけの
世間知らずの子ども
その三つ児の魂は
人を傷つけたことにも気づかぬほど無邪気なまま
百へと向かう」

※この続きの二行は、割愛します。

この記事のトラックバックURL
トラックバック
calendar
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031 
<< March 2017 >>
count
ブログパーツUL5
twitter
selected entries
categories
archives
recent trackback
links
profile
search this site.
others
mobile
qrcode
powered
無料ブログ作成サービス JUGEM