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これよりシン・ゴジラ超ネタバレ10000字の儀を執り行う!

いよいよ公開された『シン・ゴジラ』。

庵野秀明がゴジラを撮ると聞いて、楽しみとはいえ「いったいどうなるんだ…」という気持ちが、「ん?意外と良いかも」に変わり、「楽しみでしかたねぇ!」に変わり、「ガマンできん、絶対最速上映で見る!」になるのにさほど時間はかからなかった。

 

公開日の29日になった瞬間に見れるという最速上映で見て、そのあと深夜3時半からのIMAXで見て、一晩で2回見た。

映画館を出たのは朝の6時。朝日がまぶしかった。

僕がミュージシャンというヤクザな肩書きだったから良かったものの、この一般社会人を殺しにかかる上映スケジュール危険すぎる。

 

と思ったのは僕だけでは無かったようで、争奪戦になるかと思った最速上映のチケットも簡単に取れてしまったし、一部の回を除いては完売もしなかったようだ。

僕なんかブラウザ2つ開いて、0時になった瞬間に連打してたのに。。

そのおかげで劇場のど真ん中あたりというかなり良いとこが取れたので良いのだけど。

あの時、一瞬で埋まったのは30席くらいだったので、他の回も含めると0時になった瞬間に連打していた人は全国で100〜200人ほどと推測される。

 

意外に少ないぞゴジラ信者&庵野信者。どうした日本!興行成績が心配だぞ。

まだ見てない人は、かなりの衝撃的な傑作だし、とにかく庵野演出の冴えは史上最高レベルなので、多くの人に見てほしい。

 

で、ここからはツイッターに書けないネタバレ感想を。

超ネタバレしますので、ご注意を。

 

「(まだ見てない人の)生命の保証はできませんので、お通しすることはできません!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とにかく「庵野やりやがったな!」ということと、

「よくも東宝、ここまで尖った怪獣映画を大作として公開したな!」というこの2つに尽きる。

誰もが想像したのをはるかに上回る超「庵野作品」でした。

 

 

・シンの衝撃は人間パート

 

庵野秀明という人が、その特撮マニア的なアイデアやコンセプトの構築力より前に、そもそも天才的な演出力とビート感を持った、正しく監督として凄まじい演出家なんだと思い知らされた。

シン・ゴジラは、ゴジラによる特撮破壊シーンと、それに対処すべくそれぞれの領分で奮闘する政府内の群像劇を交互に描く構成になっている。

そもそもがゴジラのような未曾有の巨大厄災が現れた場合の徹底的にリアルなシミュレーションを映画化する、というコンセプトが事前に公表されていたわけだが、

このどう考えても退屈にしかなりようのないポリティカルドラマ(このコンセプトが公表されたとき、「大丈夫かよ!」と思ったことを土下座したい。)が、退屈させないどころか、普通にめっちゃ面白いことに衝撃を受けた。

たくさん指摘されているが岡本喜八の「日本のいちばん長い日」という政治ドラマなのに超ハイテンションで最高に面白い映画があるのですが、その影響というか、喜八映画と同じ地平を目指すような編集のリズム感というかビート感がある。

岡本喜八の写真が重要な役で登場する(後述)ことからもわかるように、庵野秀明は岡本喜八ファンで(特に「激動の昭和史 沖縄決戦」のファンらしい)岡本本人と一度対談し、カット割りのテンポについて延々と議論をしたことがあるが、まさにそのカット割りのテンポ、というよりしつこいようだが「ビート感」が、政治専門用語と肩書きが飛び交う密室劇を血の通うバイブレーションのあるエンタメへと昇華している。

「岡本喜八リスペクト」なんて簡単に言うが、こんなこと並の人間にできることではない。

思い返せば、エヴァンゲリオンを初めて見た時のオープニング「残酷な天使のテーゼ」の映像でも同じ体験をしたではないか。

とにかく革命的にカット割りが早く、超気持ち良く感じた。

小学生だった自分が、「なにこれかっこよくて気持ちイイイイ!」と理解できたんだから間違いない。

それまでのアニメのような「動きとリズムが一致している」というレベルでは無かったように感じたのを記憶している。

今見返すとそんなに高速なワケではないのだが、それはこれが生理的なビートと一致して感じるスピード感が時間感覚を超越したものだったからだ。

僕はエヴァでアニメに起きた本当の革命は、「意味深なセリフ」とか「神話っぽいモチーフ」とかではなく、あの時間感覚を越えるスピード感だったと思う。

つまり庵野秀明監督がずっとやってきたことの1つの完成系が、動きの無い密室劇でも演出のビート感でそれを感覚的に加速し、肉体的にできるという今回の人間パートなのではないかな。

 

また樋口監督の「かなりストイックにドラマを削ぎ落とした」という旨の発言があったが、これもすごい。

それぞれのキャラクターに用意された見せ場は準主要キャラ各人に2つほどだ。

この限られたシチュエーションの中で、それぞれキャラクターを描き、さらにこれらが「個」ではなく「組織」、さらに「国家」として浮かび上がってくるストーリーの「うねり」を作っている。

序盤のドキュメンタリータッチの導入部に引き込まれ、この「うねり」の中に入ると、中盤からどんどん「トップをねらえ」的なブッ飛びバカ展開になっても、ただひたすら熱くなり感動できる。

「あきらめず、最後までこの国を見捨てずにやろう。」という良く考えるともの凄いセリフも、一種のカタルシスをもって聞き入れることができる。

映画に置ける感動とは、いかに感動的なストーリーを描くか、ではなく、いかに流れと演出で「君は感動しても良いんだよ」という説得力をストーリーに作り出せるか、だと思っているが、これを見事にやってのけた庵野秀明はとりあえず凄まじい演出家だというのが1つの結論です。

だから、この映画はとても面白い映画だ。

 

ちなみに今回、「小学生はまったく理解できないんじゃないか」という心配があり、それは間違いなくそうだと思いますけど、それでもこのビート感は生理的な快感というか、少なくともスクリーンに目を引きつけ続けるだけの希求力があるんじゃないかとすら思った。どうなの小学生。どう?

 

もちろん、これには役者の皆さんの名演の数々が必要不可欠で、その点でも最高!

たぶん「唯一、このキャラきらい!」って言われてる可能性が高いのが、石原さとみさん演じる「英語の発音だけやけに良くなる」というコントみたいな米国特使の役だが、ぼくはむしろ石原さとみにこそ拍手を送りたい。

だって、このキャラどう考えても寒くなるじゃん。

それを映画の雰囲気をダメにするほどではない、、むしろ最終的に「シン・ゴジラ」における愛嬌にまで昇華した石原さとみの存在と美貌に拍手!

あと個人的に、國村隼さんの「仕事ですから」にグッと来たよね。

 

さて、次は肝心のゴジラだが

 

 

・シン化するゴジラ

 

まずは『シン・ゴジラ』、シンと付くくらいなので何が新なゴジラなのかってことだけど、

とにかくゴジラが「4形態ある」というのは衝撃だった。

特に第2形態!

丸い目と地面を這いずり回る肺魚のような姿が抜群にキモくてとてつもない衝撃映像だった。

このヤバいやつがボートや車を押しのけてお散歩する映像のインパクトにいきなりやられた。

ちなみに第1形態は海の中からシッポだけコンニチハしていた形態らしい。

手も足もない海中形態ってことかな。(それがわからなかったので、いきなり第4形態と言われた時に「1つ飛ばしてない?」と思った。)

そのあとゴジラはゴロザウルスよろしく、腕の短いアンバランスな恐竜型の第3形態になり、海に帰ってから立派なゴジラ体型になって帰ってきた。

ビジュアル公開時(今思えば最終形態)は今までのゴジラを超えるグロテスクな異形っぷりに驚かされたけど、第2、第3とまったく予想してなかったクリーチャー形態を見せられると、すでに公開されたゴジラ形態がものすごくゴジラに見えるから面白い。

クリーチャー時は鷺巣詩郎さんによる新しいオリジナル音楽中心にかかるので、満を持して伊福部先生によるゴジラのメインテーマとともに上陸してくるゴジラのすごい安心感。この辺の緩急の演出見事でした。

進化する東宝怪獣といえばヘドラ(水中期→上陸期→飛行期→完全期)やデストロイアがいるが、このシンゴジラの無機質な不気味さや、「海から来るもの」の異形感はとてもヘドラに近い。

 

今回のシンゴジラには対戦怪獣がいないので、ゴジラと対峙するのは人類による通常兵器と、日本人の知恵と組織的団結、という構図になっている。

この通常兵器VSゴジラの描き方が最高だ。

とにかくゴジラ第4形態の「硬さ」が良い。

これまでの怪獣映画においても、「通常兵器が効果無し、足止め程度にしかならない」という描写は必ずと言ってよいほど登場するが、毎回疑問なのは「そもそもぜんぜん当たってねーじゃねーか!」ということだ。

バンバン撃たれる弾が逸れまくってて半分くらいしか当たっていないため、冷静になると「それ当てたらもっと効くのでは…?」と思ってしまう。

しかし今回は違う。

基本、全弾命中だ。

そりゃそうだ。精密な射撃が可能な現代兵器があんな巨大な的を外すわけ無い。

この大量の機関銃や誘導ミサイル、戦車砲が全弾、完璧に顔面に当たっているのにまったく効果がない、という描写が怪獣映画において新しかった。

しかもほとんど攻撃に対してリアクションらしい反応をとらないシンゴジラの不気味さと相まって、圧倒的な絶望感を演出している。

そこに登場するのが米軍のオーバースペックな地中貫通爆弾。

はじめてシンゴジラにダメージらしいダメージを与えるのだが、

 

そこで披露される、反撃の放射火炎の凄まじさ。

口から発射される放射火炎と言えば、60年間つづくゴジラの必殺技。

ハリウッド版新ゴジラ=ギャレスゴジラ=ギャレゴジでは、なぜか放射火炎が青白いドロドロしたものっぽくて、放射火炎って吐瀉物だったのか!という新解釈を見せてくれたけど、今回は真逆のキレッキレのビーム砲と化した。

メガ粒子砲か、ポジトロンライフルか。

しかも赤いちょっと吐瀉物っぽい炎から、次第に白熱化していってレーザーになる演出、かっこよすぎる。

一撃で浜松町〜銀座あたりを壊滅させるゴジラ史上最強の攻撃力。

しかもそれが背面から無数にめちゃめちゃに放出されるという超圧倒的拡散メガ粒子砲を見ると、ドズル中将でなくとも「ビグザムが量産のあかつきには…」とつぶやきたくなる。

いや、ガンダムというよりイデオンでした。

てっきり全ての背面放射火炎がグニグニ曲がって「板野サーカス」(ミサイルが大量にぐにぐに曲がるアニメの作画法)までやるかと思ったけど、最後まで直線だった。

 

しかも今回は放射火炎を撃つときに、下顎がパカッと開くというサプライズ付。

なんか口がパカッと開くらしい、という噂は聞いていたけど、そっちに開くんだ!?っていう。

この撃ち方、レーザー状の放射火炎、背面からの光の放出、と明らかに「巨神兵東京にあらわる」の巨神兵と似ている。

というわけで

 

 

・巨シン兵じゃねーの?

 

ラストシーンで凍結されたゴジラのシッポから、複数の人間型の「何か」が生まれようとしていたが、あれはどうしても巨神兵に見える。

やはりシン・ゴジラは巨神兵、ないし巨神兵の元となった存在なのではないか。

途中、ゴジラは無性生殖で増殖する可能性、世界中に飛散する可能性が示唆されていたが、あれは巨神兵を生み出し世界中にばらまくことをイメージさせる。

つまり人類文明をリセットする「風の谷のナウシカ」に登場した「火の7日間」のことではないか。

「風の谷のナウシカ」に出てくる巨神兵は人間の手で作られた、人工の神だ。

ふくれあがった人類は、発達しすぎた文明や度重なる戦争で地球を汚染し、

「ありとあらゆる宗教、ありとあらゆる正義、ありとあらゆる利害」が混在する「数百億の人間が生き残るためにどんなことでもする世界」を作り上げた。

そしてその「ありとあらゆる正義」間の調停、そして人類への裁定のために生み出されたのが巨神兵という神だった。

結局、巨神兵たちは7日間で文明と人類を滅ぼし(火の七日間)、それから1000年間、汚染された地球は浄化のための休眠にはいる。

(本当はもっと複雑だけど、ここは割愛)

そもそも巨体、丸い目、牙、背中から光線状の突起を出し、口からプロトンビームというレーザー状の強力な光線を発射する巨神兵。

シンゴジラじゃないか。

さらに全身から有害な「毒の光」を放出している、というのも放射能をまき散らすゴジラにそっくりだ。

やっぱりシン・ゴジラ=巨神兵の元で、あのあといつの日かゴジラが復活すると巨神兵が無数に誕生し、火の七日間で人類滅亡、そしてナウシカの世界へ…という妄想がふくらむ。

ということは、これは「ゴジラ」と「ジブリ」という日本が生んだ歴史的コンテンツを、直接繋いでしまう離れ業!すごすぎ!

日本を代表する特撮オタクで、宮崎駿の外弟子的存在でもある庵野秀明だからできることかもしれない。

 

というか、そもそも「特撮」と「アニメ(ジブリでありガンダム)」の中間に存在するのが庵野秀明の「エヴァンゲリオン」であり…

 

 

・シン世紀エヴァンゲリオン

 

ゴジラというより、まず、ものすごいエヴァを感じた。

というよりも庵野作品の集大成のような感じか。

あの専門用語の飛び交うガヤの会話、「これもうわざとだろ」っていう電柱や電線、工事中のビルの遠景、日本語に外国語を交えつつ会話してくるツンデレの女性、停電していく東京、ヤ○○○作戦、極太明朝体、目標は完全に沈黙…。

しかも超有名曲までかかるというすごいエヴァっぷり。

エヴァに限らず、もう庵野秀明作品のちょっとしたオールスター大感謝祭というか、お祭り感はすごかった。

エヴァンゲリオンが永井豪にとっての「デビルマン」なら、シン・ゴジラは、永井豪キャラが全員登場するお祭りバイオレンス漫画「バイオレンスジャック」だ!

ファンサービスかもしれないが、エヴァ直撃世代としては、それはもうOK。

こんなに「庵野作品を見たな〜」って思ったのは、本当に旧エヴァ以来かもしれない。

 

しかし、やっぱあのエヴァの作戦時の音楽は、エヴァはともかくニュース番組で頻繁に使われすぎていて、さすがにちょっとかかると面白くなってしまったぞ。

それにしても…

 

 

・シンじられない音楽の使い方

 

シンにかけるのが難しくなってきたのはさておき、もっとも「庵野やりやがったな!」と思ったのが、

この音楽の使い方。

なんたってゴジラや東宝特撮の歴代の名曲がバンバンかかり、エヴァの有名曲までかかるという反則っぷり。

しかも新録じゃなくてオリジナルの音源がかかるのだ(なんとアビーロードスタジオにて現地ミュージシャンによる完コピ音源もレコーディングされたらしいが、それをすべて破棄してのオリジナル音源仕様らしい。その完コピ音源はサントラにボーナス収録されるらしいですよ奥様)。

すでに予告編で伊福部音楽も使われるバージョンがあったので、有名なゴジラのメインテーマはかかるだろうなと思っていたら、「宇宙大戦争マーチ」や「怪獣大戦争マーチ」、「VSメカゴジラ」までかかるとは。

「人生でゴジラ撮る機会なんて一度しかないから、好きな曲ぜんぶ使うね」という感じ。

エヴァファンも、ゴジラファンも、大興奮の選曲だ。

ただ、これ知ってる人にはめちゃくちゃ嬉しいし、知らない人にも曲の良さが伝わると思うけど、やはり違う環境で、違う作品のために作られた音楽のつぎはぎ、という感じは否めなかったのも記しておく。

どうしてもムードや質感に違いがあり、ぶつ切りの印象になった(それが逆に作品を軽快にしてスピーディーな演出の手助けになったという良い面もあると思う)。

そんな中で、やはり作品のために作られた鷺巣詩郎さんの新曲が1番ムードには合っていたとは思う。

東京大破壊シーン、たとえばあそこも伊福部音楽だったら、ぜんぜん見え方が違っただろう(平和への祈りならありかもしれない…)。

そういう意味で、個人的に新幹線爆弾と在来線爆弾(超最高)のシーン。

あそこのどちらかで、鷺巣さんに勝負曲を一曲書いてほしかったという気持ちはある。

記憶がただしければ、新幹線爆弾で「怪獣大戦争マーチ」が、在来線爆弾で「宇宙大戦争マーチ」がこれ記憶違いでした、ごめんなさい!新幹線爆弾〜在来線爆弾で「宇宙大戦争マーチ」がかかるのだが、もちろん僕のような特撮ファンは大興奮だが、流れの大局としては妙な「狙い過ぎ感」や「コント感」が出てしまう気がした。

あそこのどちらかの電車爆弾のシーンで(後者かな〜)「怪獣大戦争マーチ」や「宇宙大戦争マーチ」に真っ向から喧嘩を売る鷺巣流の戦闘音楽がかかったら、もっと音楽の筋が通ったかもしれないと思った。

ゴジラ登場時は新しいゴジラの姿なので鷺巣新曲→第3〜4形態で満を持してゴジラ体型になって伊福部音楽→さらに予想外の姿を見せる東京大破壊シーンが鷺巣新曲、という流れが良かったので、もう一度伊福部→鷺巣のバトンタッチが見たかった。

これは再録であれば印象も変わったかもしれないが、オリジナル音源を使用するという前提の場合、その点は個人的にちょっと気になったのは率直な感想。

 

もう1つ、気になったと言えば、最後にのこされた謎。

 

 

・牧教授はシンだの? そしてシン話の世界へ

 

冒頭で海に浮かぶボートが発見される。

(その名はGLORY MARU。初代ゴジラの冒頭に登場する栄光丸のオマージュだろう)

ボートにはメガネや揃えられた靴、そして宮沢賢治の詩集「春と修羅」が置いてあり無人だ。

「私は好きにした。君たちも好きにしろ。」の書き置き。

その直後、その海域からゴジラが出現し…

これが後に岡本喜八監督の顔写真で登場する、牧教授のボートだったわけだ。

牧五郎。(「怪奇大作戦」にて岸田森が演じた科学者・牧史郎から取ったネーミングかもしれない。)

この牧教授が結局どうなったのか、なんだったのか、というのは劇中で明かされない謎の1つだ。

これは想像するしかないから勝手なこと言いまーす。

僕はこれは、やっぱり自らゴジラに取り込まれた、ないし自身がゴジラに変貌した、という風に解釈できると思った。

 

シン・ゴジラに、人間の遺伝子が取り込まれている可能性はかなり高いと思った。

海生生物→両生類→恐竜的な陸上生物と進化し、最終的にそこに人間が混ざった、つまり人間が恐竜を着ているような状態、まさに地球上に他にいない形状・「きぐるみ怪獣」の体型へと進化していくからだ。

シン・ゴジラには様々な動物の要素が入り込んでいるように造形されているが、庵野秀明は、造形の竹谷さんに「人間も混ざっているように」という意図を伝えたとパンフレットに書いてある。

やはり、すべてを統べる完全生命体であるゴジラには、人間の要素が入っているはずだ。

その要素がなく、最後のシーンで人型の分身を生み出そうとしたとしたことの説明がつかないというもある。

やはりシンゴジラの中には人間が溶けている(エヴァンゲリオンの中に人が溶けているように)と考えたくなる。

では、誰か?

それは牧教授しかいないだろう。

放射能で妻を失なった牧教授が、放射能の化身・ゴジラへと姿を変え人類に復讐を果たす。

単純にそう考えても理解できなくは無いが、しかし、ちょっと違う感じがする。

僕には、このシンゴジラの本質が「憎しみだけ」だとは感じられない。

面白いのは、このゴジラは自分から攻撃をしないということだ。

基本的に移動しているだけだし、後に説明されるように飛行物体を撃墜する機能は自動的なものだし、熱戦は反撃でのみ使用されている。

まったくリアクション的な表情を見せず移動ルートも不明瞭なゴジラだが、行動は完璧に人類に対するリアクションで成り立っている。

これはつまり「人類への裁定」とも取れるんじゃないかなー、と思ったり。

つまり、人によって作られた、人類の行動を試す「裁定の神」であり、巨神兵と同じ存在だ。

そう考えると、核で攻撃するか、組織的な団結で凍結させるか、という選択は、ゴジラによる試練ともとれる。

あそこで核攻撃をしていたら、ゴジラはさらに強力な反撃のリアクション行動をとり、人類を滅亡させていたのではないか。

(ちなみにこれ、ハリウッドゴジラのアンサーになっている。ギャレゴジでは市街地への核攻撃をやってしまうのだ。まさにシン・ゴジラに登場するアメリカ政府と同じ選択をしたわけだ。)

ゴジラを凍結させる選択を選び取れたからこそ、ひとまず人類滅亡のカウントダウンはストップされ、そしてゴジラが存在する事で人智を越えた「裁きの神」が見守る世界へと人類はフェイズチェンジした。

再びゴジラが目覚めるとき(つまり巨神兵が世界に放たれる時とも言えるかも)、

それは人類が愚かな選択を繰り返した時なのかもしれない。

ゴジラは凍結されてよりいっそう、人類への裁定者としての立場を強めたとも言える。

「私は好きにした。君たちも好きにしろ」と。

 

他のゴジラと比較すると、今回の「シン・ゴジラ」にあって、たとえば「ギャレゴジ」にないもの。

それは僕たちは裁かれている、という罪と罰の意識だ。

今回のゴジラによる破壊シーンは、何か罰を受けているような感覚に襲われる。

「自分たちの種族は、どこかで決定的に間違った道を進んでしまったのではないか」という罪悪感。

そしてそれを浄化する罰としての圧倒的破壊のカタルシス。

これはやはり「被害者」と「加害者」が複雑に入り組んだ、特殊な日本人の国民性からしか生まれてこないゴジラなんじゃないか。 

ハリウッドの「ギャレゴジ」も神性を強調していた。

ある種、ガイア(地球)の調停者、バランスを維持するための神としての存在だ。

だが、シンゴジラはそういった高い次元の目線のファンタジックな神ではない。

まさに人による、人のための、人の神だ。

超圧倒的な脅威でありながら、人間の目線でわれわれを裁定している瞳。

ここが、決定的に違うし、新しく、だからこそ恐怖を感じるところだと。

これは僕は、日本のゴジラにおいても、初代『ゴジラ』、『ゴジラ対ヘドラ』のヘドラ、そして『シン・ゴジラ』にしか感じない要素だ。

ここで重要なのは、この神が「人の目線を持つ破壊神」であるために「人の作りし物」である必要があるという点だ。

核実験の生んだゴジラ、公害の生んだヘドラがそうであるように。

それゆえに、シンゴジラの完成には人間の要素が必要だったのではないか、とも思うのだ。

それを牧教授は実行したんじゃないか。

「春と修羅」の「おれはひとりの修羅なのだ」の一節が興味深くひびく。

 

もう一度、シン・ゴジラのあの姿を思い出してみる。

「シンゴジラは完全生物なので、外的を警戒する耳を持たない」というのが庵野監督から竹谷隆之氏に与えられたイメージだった。

しかし、それとは反するように目は初代ゴジラと同じく「下を注視しているように」作られた。

「シン・ゴジラ」の恐怖と衝撃の正体は、それがまったく超圧倒的で破壊的な存在であるのにも関わらず、その内側に我々・人間をじっと見つめる目線を持っている、という感覚じゃないか。

そうだ、それはまさに「シン・ゴジラ」のポスターの理解不能なはずのゴジラの暗闇の中の目と、僕たちの目が合ってしまうということなのだ。

それがゴジラがたどり着いた、真に新しい神の形「シン・ゴジラ」の目線だとしたら、これほどの恐怖は無い。

 

 


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シン・ゴジラを観たぞ
 シン・ゴジラを観てきました。  都合により、公開初日、2日目の週末に行けなかったのですが、公開直後からtwitterのタイムラインの熱量が(尾の先、背びれの隙間から徐々に強まって ...
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