サブカルクイーンよ、また会う日まで、ごきげんよう2

この記事を書いたからか最近ふと思い出しまして、
もう一人、サブカルクイーンがいるんですけど、中野まんだらけの店員だった「コスプレ声」という人。

高校生になった頃に、とにかく憧れた場所が東京都中野。
本で読む中野ブロードウェイやまんだらけに憧れてしまい、初めて行った時は探してた漫画やサイケやフォークのレコードが簡単に手に入ることが衝撃で最強に嬉しくて仕方なかった。
同時にその失望たるや。
「おれ、普通だったんだ・・・」という衝撃の第二波。
この世の中で自分だけが面白いと思ってるんじゃないか、「もしかして俺しか欲しくないんじゃないのこのマンガ、ドキドキ」とか思い込んでいたことが、整然と完璧な管理のもとに値段をつけられて並んでいる事実。
嬉しすぎるのと、ショックが同時に来ましたね。
少年期の終わりは中野で。
そうやって中野に行き出した頃に、まんだらけの女性店員が一部で有名になった。
「コスプレ声」、という芸名の店員で当時20歳くらいだったと思う(実際に見たことはないけど)。
声という芸名は徳南晴一郎『人間時計』という漫画の主人公声タダシから取った名前で。
おれにとって『人間時計』は最高の漫画だったので、え?そんな漫画好きな女性が実在すんの?というのが衝撃でした。
影がカラフルな赤いヒーローに変身するという70年代のシュールな異色特撮ヒーロー『カゲスター』も大好きで(その頃ケーブルテレビで再放送やってた)その主題歌を勝手に打ち込みでカバーしたり(本当にやってることかわらねーなぁ)してたので、そのカゲスターのヒロイン・ベルスター(ちなみに特撮史上もっともパンチラするヒロイン)のコスプレをしているというのも少年には響いた。
とはいえ、なぜ一コスプレ店員にすぎない彼女が有名だったかというと、「人間時計」というタイトルでコスプレヌードで縄で縛られてる的な相当きわどい(チラリズム的な意味で無く法的な意味で)写真集をまんだらけから発行したからです。
1000部限定だったと思うんだけど、その写真集1冊1冊には彼女の体毛(どこの毛かはご両親かヤフー知恵袋に聞こう!)が封入されているというなかなかセンセーショナルなもので、まんだらけにはポスターが貼られ、クイックジャパンとかには広告も出てた。
この「感じ」が2000年頃の多感なサブカル少年青年中年たちには笑っちゃうくらいストライクで、
時代の「エロス」「サブカル」への憧れが交錯する特異点として、コスプレ声は小さな小さな世界に完全な金字塔を築いた。
僕は買うことできなかった(高校生に、財力的にも精神的にもその本を買う気概は無かったのです。)のでその時は中身も見たことなかったけど、広告に載ってる写真とかまんだらかにでっかく貼られたポスターを見て、このコスプレ声って人はこの一冊の写真集の存在だけで少年期の終わりのサブカルのクイーンとして自分の中に君臨していました。

で、やっぱりその存在を僕は生活の中で忘れていき、10年以上が過ぎ。
しばらくは「アートアイドル」として活動したりアダルト方面に進んだりして、2009年頃に結婚、お子さんを出産したとかは何かで見て「ひえー」と思ったのを覚えてますが、数年前からはブログやらツイッターも更新なし、表舞台にも出てきてないよう。普通の家庭の幸せを築いているものと勝手に思います。
今思うとこの人は、もしかしたらノセられた人なんじゃないかな、ちょっと残酷な言い方をすると(ごめん)。
「若くて可愛らしいサブカルな女の子が周りの大人にノセられて一瞬センセーショナルなことでスポットライトを浴びてオーケンとかとちょっと絡んで年とって結婚して引退する」というクリシェが繰り返され続けてるんだな、と思う(それが悪いとは言ってない。青春の形はさまざま)。
しかしいま、彼女がどうしているか、どのような経緯を歩んだか、楽しかったか、幸せだったか、もはや心の底からどうでも良くて、ぼくにとってはある時代「サブカル」「中野」「まんだらけ」「女」「エロス」「特撮」を象徴するミューズとして、
初めて足を踏み入れた中野ブロードウェイ、ほとんどシャッターがしまった4階の変な匂い、の中にいます。

あらゆる憧れを一身に背負って。


最近はぜんぜん行ってない、ブロードェイ。

出番直前のバックステージでブログを書いても良いんですかフクロウ先生

本日、オワリカラ名古屋です。
というか、もうこのあとライブです。
先日、下北沢でした。
オールナイトイベントに出演するのも相当久々のことで、そもそも生まれながらにグラサンが似合わないことによる弊害としてパーティーピープルになれないのではないかという潜在的抑圧を常日頃から抱いているわたしにオールナイトできるかしら、と思ってましたが、壊れかけ、IRIKO、撃鉄…久々に対バンしたバンドたちがとても素晴らしくってゴキゲンな夜だったので(とうぜん自分たちが物凄く良かったわけですが、謙虚謙虚でやってきたので、そういうことは心に留めておきます。)、マジで朝日が差し込むまで醒めない夢感ありました。
やっぱり音楽が最高ならおれもいけるな。
「パーティーピープルにしてしまう音楽」の存在を身を以て体現しているわけです。
素晴らしいライブでフロアがギュウギュウにならないことは悔しいことだ。
(フクロウ博士「つたえて勝ち取るしかないのじゃ」)
今夜のライブから新しいアンプのヘッド(フクロウ博士「アンプは真空管とか入って音を作る部分ヘッドと、スピーカー部分のキャビンに分かれているのじゃ」)を試しているんだけど、すごい良い感じで、ついに確変が起きるかもしれません。
借り物だがコッホすごいぞ、咳みたいな名前だが、すごいぞコッホ。(フクロウ博士「ドイツのメーカーじゃ」)
補足と脚注としてフクロウ博士にしゃべらせると言う新しい手法を試してみました(フクロウ博士「あまり効果的ではなかったようじゃ」。
さようならフクロウ博士。

昨日「渋谷モンパルナス」の第一弾発表がありました。ぴったり100RTというじんわりした感じで。「あ、これはこいつら好きに組んだな」というのが伝わる第一弾発表になったら良いなと。とりあえず第一弾発表ってマニフェストみたいなものになります。
とにかく全体が一個の生き物みたいな「フェスティバル」にしたい。
出演者も客も、スペイン坂という肉体の中に共存する細胞のように一夜が過ぎたら最高だね。
古い細胞も新しい細胞も、みな同じ明日のために遺伝子を運ぶのだ。
あ、チケットは昨日からもう売っています、買ってください。真顔で。買ってね。
ちなみにモンパルナスのリストバンド、ドリンクチケットとかすべてオワリカラがデザインしてます。ドリンクチケットは僕が書きましたが、なかなか力作だからお楽しみに(そのうち公開します。)
とはいえまだまだ発表はあるから、今後も気にしててよ。



9月のモンパルナスだけではなく、10月、11月とさらに様々な形でイベントをお届けすることになりそう。下半期はやりたいこと全部やりますので、おれが過労で死ぬかどうかの瀬戸際は、秋くらいにやってきそう。

と、ライブを見ながら合間にちょこちょこと書いていたら、散漫なことになってきたので、
そろそろ準備します。
今日もぶちかましてきます。

バックステージより

サブカルクイーンよ、また会う日までごきげんよう


昨日、まきおくんスタジオでのレコーディングが無事終了しました。
ほんの少し長く生きていると説明不足が目立ってきて、良くないことです。
まきおくんというのは、同世代のエンジニアで神聖かまってちゃんのライブではステージに立ったりもする面白い人です。
レコーディングしたのは科楽特奏隊のカバーやオリジナル曲。
レコーディングというのは…それは良いか。
昨年末にオワリカラのレコーディングをしてから、年始の会場限定シングル(NEWDAYS&NEWYEARS)を自力で作って以来、1枚すべて自分でミックスしてみたいという欲にかられて(これは幽遊白書後期にアシスタント無しで漫画を描きたいと言い出した富樫と同じ病気かもしれない。行き着く先は休載か。)もはや半年もミックスをやり続けているという異様な状況なのですが、そんなこともあり久々にエンジニア殿との仕事は楽しいもので、「これどうやってんの?」「これなに?」といちいち聞いてくるおれに対してもまきおくんは優しかった。
そんな中、僕が編み出した伝家のディレイを、「Takahashi Delay」という名前でまきおくんが保存してくれたのは嬉しかった。
とりあえずまた、23世紀に残したい音源が出来た。


ところでまきおくんのスタジオは近所にあり、本とかも置いてあって友達の家みたいな感じなのですが、そこで懐かしいクイックジャパン(という雑誌)を見つけた。
僕にとっては中高生のときに読んだ初期のクイックジャパン30冊くらいは、人生の30%以上の割合を占めるくらいに猛烈な影響を受けた。
まさに人生において初めて触れる商品として体系づけられた「サブカル」そのものとの邂逅は鮮やかで広告まで隅々まで読んだもんです。
初期の、と注記するのは、ソレ以降のクイックジャパンはほとんど読んでいないからです(存在としては今も思い入れがあって、2010年にオワリカラのインタビュー記事が掲載された時はとてもとても嬉しくて読んだけど)。
ちょうどそんな僕が読んでいた頃のクイックジャパンが一冊まきおくんスタジオにあった。
その2000年の2月号は表紙が「螢」という女性シンガーソングライター、というか「少女詩人」と紹介されていた人で、その表紙に触れた時、一気に記憶がよみがえった。
この人、当時中学生で、この本を真剣に読んでいた自分と同い年だったんだ。
自分(音楽を作り始めたばかり)と同い年の人がアーティストと呼ばれて雑誌の表紙を飾っているということに、なんかものすごい驚きを覚えた。
僕の前に現れた最初のサブカルクイーンだった。


それで、彼女はそれ以降どんな活動をしていたのか、気になって調べたら(思い出乞食の野次馬根性)とっくの昔に引退していた。
クイックジャパンで知ったわずか数年後、自分が音楽活動をちゃんと始められるはるか前に10代の彼女は表舞台を去っていた。
(勝ち逃げしてたのか。と思った)
当時のプロデューサー的な人のブログで引退の理由が書かれていたけど、彼女の詩は十代前半という瞬間の芸術で、大人になるにつれて「書けなくなった」から普通の女性に戻った、ということらしい。
「多感な時期に誰にでもある瞬間を、奇跡的に記録できた」というこのプロデューサーの口ぶりにもちょっと疑問があるというか、そもそもそれは生理現象でしかないんじゃないか、と思うんだけど、それはまぁ良いです。

それでおれ、中学生のその時は彼女の音楽聴かなかったんだよ。
だから、昨日はじめて聴いた。
もう当時の空気感だけしか無い、そういう音楽だった。
においだけで、なにもない。
二度と思い出すこともないかもしれない。
絶対に会うことは無いでしょう。
でも初めてのサブカルクイーンは、あなたです。
ごきげんよう。


レコーディングの朝になんかムダに早く目が覚めてしまって喫茶店で長文でブログ書いてるなんて「初心だなー笑、おれ今まで一体何回レコーディングしてきたんだよ」って感じ

これからレコーディングなんです。
科楽特奏隊の歌入れ。
え?カバー曲歌うんだろ、そんなのカラオケじゃん、楽しそう!と思ったやつ手を上げろよ。
そのとおりですけど、結構難しいね。
自分の曲で、「おれのじゃん〜」的自己表現的な時は、別に自分に酔ってようがメロディ変えようがとりあえずは自由なわけだけど(ちゃんと考えるけども)、今回の場合は「特撮カバーのボーカル」「科楽特奏隊のキャラクター」という別の人物が歌うわけだから僕自身そのものではないわけです。
かといって自分がやる意味が無かったらダメでしょう。
そいつの歌入れのディレクションに行ってくる感じ。
「お前そこ我出し過ぎ!」「それは仕事でやりすぎ!」とか言ってね。
特撮カバーバンドの俺が歌っていて、音楽家のわたしがディレクションしていて、1特撮ファンの僕が聴いていて…うわー!不条理!
藤子F不二雄のSF短編集にありそうな話ですね。

まだ時間あります。

特撮といえば、
この間、特撮(バンドの方ね)、COALTER of the DEEPERS、ナラサキさんと不可抗力で朝まで同じ飲み屋にいて話したんだけど、あの方は今まで出会ったバンドマンの中でいちばん良い人だったかもしれない。それくらい良い人でした。ある種ひねくれてるのに良い人。こんな感じになりてーなー、なれないだろうなぁ、と思ってファンになるくらい良い人。

飲み屋で話したことをここに書くのはアレなんで手短にしますけど、大雑把に(これは酔ったタカハシの曖昧な記憶を元に意訳した文章なのでナラサキさんには何の文責もなく、ぜんぜん違うこと言っていたかもしれないのでナラサキさんがこんなこと言ってたらしいとか引用するのは断固として止めて、心の中に留めておいてください。そして問題があったら即消しします。それはもう何のプライドも無く鮮やかに即消します。)

自分のバンドは、おれってこんな変なことできるんだぜ、認めてよ、って「アイデンティティー」でやっている。

的なニュアンスのことを言ってらっしゃって、僕が今まで聴いた中でも特にシンプルで最高の音楽をやる理由だった。
ここに(少なくともわたしの場合)「こんな破綻してるのに、かっこよくまとめられるんだぜ」とか「こんな変なのにポップに聴こえない?すごくない?」とかが混じってきてさらに複雑な様相を呈してくるわけだけど、本質はそういうことだと思う。
それとは別のベクトルで

他のことは職人としてやっている。

というようなことも言っていて、比べるのもおこがましさMAXだけど、僕にとっては、前者がオワリカラ、後者には科楽特奏隊が当てはまるようだ。
どちらも自分にしか出来ないことをやるんだけど、ベクトルが違う。
冒頭の話に戻るけど、今まで「アイデンティティー」でしか音楽をやってこなかったのね。
それはもちろん職人的な何かが常に支えていたと思うけど、オワリカラもソロもすべて自分の分身だったわけです。
それがないと「意味がない」わけ、存在に。
だから、今まで「支え」の方であった「サービス」(他の言葉が思い浮かばない)を、初めて職人として表舞台に立たせたのが科楽特奏隊でした。
誰に対する「サービス」かっていうと、「特撮文化」それ自体です。
正確には「特撮文化という大きなうねりとそこに連なる人たち(自分含む)、そして何より未来にそこに連なるかもしれない人たち」に
「おまえらこういうの好きやろ?わしはこういうの大好きやで〜。そした好きになれや!」という愛とサービスの入り混じったやつね。
あとは「好きな物への恩返し」、そして縁が生んだことだから、良い仕事したいってこと。
そんな感じで今日もやってこようかと思います。
時間が来た。

こんな長文なんて、
早起きなんかするもんじゃないなぁ

セッションとバードマンのこと(ネタバレあり)

どうも、ネタバレはツイッターではなくてブログに書く紳士です。ネットリテラシーの塊なのです。惚れないように。


セッションは、
音楽映画としてのカタルシスは皆無で、これは音楽映画ではなくて、スポ魂マンガ風の、スリラー映画だった。
でも体裁や締め方は音楽映画になっているので、どこかチグハグで煮え切らない雰囲気が不思議な後味になっていて、
そういう音楽×スポ魂マンガ、そしてサイコパススリラーを同時進行させるという荒業を使って破綻させずに評価されるものを作ったなんてスゴイと思うけど、こういう言い方は本当にドレだかわかりませんがアレだと思うんだけど、僕は700円くらいで見たいんだ。作った人たちの労力は尋常じゃないと思うから申し訳ないんだけど、青年漫画コミックス1冊分で見たい。

それよりも、このチグハグ感や、スネアをパンチでぶち抜くバカ感、なんか力技(セッションの場合役者の、時には方向を誤った頑張りと、「最近っぽい」接写のカットアップ)で攻めてくる感じ、そして何より題材の「音楽」「ジャズ」が実はテーマの中で重要じゃない、というのが何かに似ている…って映画見ている最中からずっと思っていて、家に帰ってからもしばらく考えてたんだけど、ハッと気づいた。
とどろけ一番』だ。
勉強を題材にしているのに、学力の話は一切出てこなくてテストは殺し合い、「どれだけ早く答案をめくれるか」とかそういう事ばかりこだわっていて、テストへ向けた修行と称して指で懸垂して、超合金の鉛筆を投げ合って試験で流血しまくって、最終的にボクシングマンガになる(くわしくは火星から来た漫読家)とどろけ一番に、ものすごい似ている。
これ大発見なのではないでしょうか、もしかしたら監督はのむらしんぼリスペクトなのではないでしょうか。
そんなわけないと思うけど、いっそこのテンションでとどろけ一番を実写化していただきたい。


ここからネタバレゾーン
あなたの目はあなたの体を離れ、この不思議なネタバレの世界に入っていくのです…云々



映画見終わったら隣に座っていたガールズ2人が「ねぇねぇ、ここはこういうことじゃない?」と推理を始めたんだけど、それがことごとく「ねぇねぇ、そこはそういうことじゃない!」という内容で耳を立てずにはいられなかった。
特に彼女たちが議論していたのは「自殺したのは誰なのか?」ということで、ていうかそれは劇中でもはっきりと、それはもうハッキリ!と、ショーン・ケイシーという鬼教官フレッチャーのかつての優秀な教え子だと描かれているんだけど、彼女たちが出した結論は「あのトロンボーンを吹いてたデブ」ということになった。
待て待て。
わりと序盤で泣きながら退場させられたトロンボーン吹きのデブッチョはたしかに可哀想だけど、たぶん元気だぞ。

でも、いまの時代にハラスメントというのが、どれほど根深く重要なテーマか、思い知らされた映画ではありました。思うにマンガ>映画>音楽の順にハラスメントに染められていて、観客も今はそれを求めている。

バードマンはどうなんだ。
映像の撮り方はすごいし、ショービズの世界の示唆に富んでるけど、これ日本人が見てみんな楽しいのか。みんないつの間にそんなに理想的映画ファンになったのか。僕だけが置いていかれてるのか。
そもそも主役が『バットマン』、助演のやつが『インクレディブルハルク』、娘が『アメイジングスパイダーマン』に出ていた役者って知らないと面白さ3割減じゃないのか。
これはすごい「業界人に褒められそうだけど、あとで思い出すとそんなに面白くない映画」な気がしてしまった。

しかし、どちらの映画にも共通してることは、ヒロインの女優がめっちゃキュートなことで、ヒロインの女優がめっちゃキュートなら2時間見てられるものだなぁという感慨深さ(ダークナイトやサムライミ版スパイダーマンに教えてあげたい)と共に、この2つの映画の最大の違いは、
バードマンがヒロインを最後まで出してヒロインの表情で映画を締めたのに対して、セッションはヒロインを退場させて途中からぜんぜん出さなくなったことで、セッション無能!セッション無能!セッション無能!


「僕はメンヘラ的弱音ツイートしまくって良いのはうら若い女性くらいだという古い考えの人間でしたが、水口さんのツイッターの存在を知って考えを改めました。 『メンヘラ弱音ツイートして良いのはうら若い女性と40代男性』に。」

なぜかまったくブログを書いていなかったです。
ここ数ヶ月、このページを開くことすら一度もなかった。
なぜかわからないけれど、世の中が大分遠く感じていたような気がして、
町の雑踏や流行歌は、ずーっと遠くに遠のいていくように感じていた。
それで音楽に集中できてたとこもあるけれど。
この間、新宿で弾き語りをして、良いライブだと思ったけど久々に一枚も売れなかった物販のCDを持って帰る途中、歌舞伎町の真ん中で盛大にコケてCDをぶちまけキャバクラ嬢とホストに笑われた時が、一番世の中が遠く感じたかなぁ、強いて言うならね。
今もそれほど変わらない、いや、昔からそうだった気もするけど、あの夜で底をついたのか、それでも繋がっていこうという気力が湧いてきたようなので、ブログを書こう。
なんでも良いから書こう、
日記からすこしずつリハビリだ。

今日は高円寺ウーハで弾き語り。
竹原ピストル氏はやはりすごくて、赤子のようにひねられた。
それでも歌うべきことはたくさんあったし、それを歌ったよ。
すごく良いイベントだった。

どうでも良い話でもしようか。
満員だったので本番前に店内のトイレにいけず、仕方なく近所のローソンでトイレ借りようとしたら水が溢れ出してて使えない。
一応後から来るお客のためにと思って初老の店員に「トイレの水溢れてて使えないよ」と言ったら、
「あぁ、そうすか・・・」とまったく相手にされなかった。
高円寺のローソンで働いてる初老の店員よ。
お前自分の店のトイレが溢れて使えないのになぜ対応しない。
高円寺のローソンで働いてる初老の、おれと同じ苗字の店員よ。
それとも僕が溢れ出させたと思われたのかな。
同じ苗字の者として一言物申しておく。

ビーハプ企画だったので、ラーメンに詳しいばかりに「麺王」というロトの紋章みたいな称号を持ってる企画主Mさんに教えてもらった天王という高円寺のラーメン屋がバリバリに美味しかった。
生姜醤油ラーメン。
こんな醤油ラーメンがあったらなぁ、という「ぼくのかんがえたさいきょうのラーメン」が現世に受肉してやってきたー!という感じでした。
さすが車輪眼を持つ麺王の子孫、と思いました(ナルトではない)。

ところで誰も気づいてないかもしれないので言っておきますが、わたしは今月3回もそれぞれ違う形態でビーハプに出演します。
今日は弾き語り、19日に科楽特奏隊、22日にオワリカラ。
返信のメールは遅い部類のバンドマンです。

さて、カナダツアー、モンパルナスの準備がはじまっている。
もちろんそれだけじゃないよ。わかるだろ?続々面白いことが決まっている。いや、やるのは自分たちだから面白くするのは自分たちで、面白がるのはキミたちだけど。
そして、とにかくアルバム、アルバムが作りたい!とっても作りたい!


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