サブカルクイーンよ、また会う日までごきげんよう


昨日、まきおくんスタジオでのレコーディングが無事終了しました。
ほんの少し長く生きていると説明不足が目立ってきて、良くないことです。
まきおくんというのは、同世代のエンジニアで神聖かまってちゃんのライブではステージに立ったりもする面白い人です。
レコーディングしたのは科楽特奏隊のカバーやオリジナル曲。
レコーディングというのは…それは良いか。
昨年末にオワリカラのレコーディングをしてから、年始の会場限定シングル(NEWDAYS&NEWYEARS)を自力で作って以来、1枚すべて自分でミックスしてみたいという欲にかられて(これは幽遊白書後期にアシスタント無しで漫画を描きたいと言い出した富樫と同じ病気かもしれない。行き着く先は休載か。)もはや半年もミックスをやり続けているという異様な状況なのですが、そんなこともあり久々にエンジニア殿との仕事は楽しいもので、「これどうやってんの?」「これなに?」といちいち聞いてくるおれに対してもまきおくんは優しかった。
そんな中、僕が編み出した伝家のディレイを、「Takahashi Delay」という名前でまきおくんが保存してくれたのは嬉しかった。
とりあえずまた、23世紀に残したい音源が出来た。


ところでまきおくんのスタジオは近所にあり、本とかも置いてあって友達の家みたいな感じなのですが、そこで懐かしいクイックジャパン(という雑誌)を見つけた。
僕にとっては中高生のときに読んだ初期のクイックジャパン30冊くらいは、人生の30%以上の割合を占めるくらいに猛烈な影響を受けた。
まさに人生において初めて触れる商品として体系づけられた「サブカル」そのものとの邂逅は鮮やかで広告まで隅々まで読んだもんです。
初期の、と注記するのは、ソレ以降のクイックジャパンはほとんど読んでいないからです(存在としては今も思い入れがあって、2010年にオワリカラのインタビュー記事が掲載された時はとてもとても嬉しくて読んだけど)。
ちょうどそんな僕が読んでいた頃のクイックジャパンが一冊まきおくんスタジオにあった。
その2000年の2月号は表紙が「螢」という女性シンガーソングライター、というか「少女詩人」と紹介されていた人で、その表紙に触れた時、一気に記憶がよみがえった。
この人、当時中学生で、この本を真剣に読んでいた自分と同い年だったんだ。
自分(音楽を作り始めたばかり)と同い年の人がアーティストと呼ばれて雑誌の表紙を飾っているということに、なんかものすごい驚きを覚えた。
僕の前に現れた最初のサブカルクイーンだった。


それで、彼女はそれ以降どんな活動をしていたのか、気になって調べたら(思い出乞食の野次馬根性)とっくの昔に引退していた。
クイックジャパンで知ったわずか数年後、自分が音楽活動をちゃんと始められるはるか前に10代の彼女は表舞台を去っていた。
(勝ち逃げしてたのか。と思った)
当時のプロデューサー的な人のブログで引退の理由が書かれていたけど、彼女の詩は十代前半という瞬間の芸術で、大人になるにつれて「書けなくなった」から普通の女性に戻った、ということらしい。
「多感な時期に誰にでもある瞬間を、奇跡的に記録できた」というこのプロデューサーの口ぶりにもちょっと疑問があるというか、そもそもそれは生理現象でしかないんじゃないか、と思うんだけど、それはまぁ良いです。

それでおれ、中学生のその時は彼女の音楽聴かなかったんだよ。
だから、昨日はじめて聴いた。
もう当時の空気感だけしか無い、そういう音楽だった。
においだけで、なにもない。
二度と思い出すこともないかもしれない。
絶対に会うことは無いでしょう。
でも初めてのサブカルクイーンは、あなたです。
ごきげんよう。


レコーディングの朝になんかムダに早く目が覚めてしまって喫茶店で長文でブログ書いてるなんて「初心だなー笑、おれ今まで一体何回レコーディングしてきたんだよ」って感じ

これからレコーディングなんです。
科楽特奏隊の歌入れ。
え?カバー曲歌うんだろ、そんなのカラオケじゃん、楽しそう!と思ったやつ手を上げろよ。
そのとおりですけど、結構難しいね。
自分の曲で、「おれのじゃん〜」的自己表現的な時は、別に自分に酔ってようがメロディ変えようがとりあえずは自由なわけだけど(ちゃんと考えるけども)、今回の場合は「特撮カバーのボーカル」「科楽特奏隊のキャラクター」という別の人物が歌うわけだから僕自身そのものではないわけです。
かといって自分がやる意味が無かったらダメでしょう。
そいつの歌入れのディレクションに行ってくる感じ。
「お前そこ我出し過ぎ!」「それは仕事でやりすぎ!」とか言ってね。
特撮カバーバンドの俺が歌っていて、音楽家のわたしがディレクションしていて、1特撮ファンの僕が聴いていて…うわー!不条理!
藤子F不二雄のSF短編集にありそうな話ですね。

まだ時間あります。

特撮といえば、
この間、特撮(バンドの方ね)、COALTER of the DEEPERS、ナラサキさんと不可抗力で朝まで同じ飲み屋にいて話したんだけど、あの方は今まで出会ったバンドマンの中でいちばん良い人だったかもしれない。それくらい良い人でした。ある種ひねくれてるのに良い人。こんな感じになりてーなー、なれないだろうなぁ、と思ってファンになるくらい良い人。

飲み屋で話したことをここに書くのはアレなんで手短にしますけど、大雑把に(これは酔ったタカハシの曖昧な記憶を元に意訳した文章なのでナラサキさんには何の文責もなく、ぜんぜん違うこと言っていたかもしれないのでナラサキさんがこんなこと言ってたらしいとか引用するのは断固として止めて、心の中に留めておいてください。そして問題があったら即消しします。それはもう何のプライドも無く鮮やかに即消します。)

自分のバンドは、おれってこんな変なことできるんだぜ、認めてよ、って「アイデンティティー」でやっている。

的なニュアンスのことを言ってらっしゃって、僕が今まで聴いた中でも特にシンプルで最高の音楽をやる理由だった。
ここに(少なくともわたしの場合)「こんな破綻してるのに、かっこよくまとめられるんだぜ」とか「こんな変なのにポップに聴こえない?すごくない?」とかが混じってきてさらに複雑な様相を呈してくるわけだけど、本質はそういうことだと思う。
それとは別のベクトルで

他のことは職人としてやっている。

というようなことも言っていて、比べるのもおこがましさMAXだけど、僕にとっては、前者がオワリカラ、後者には科楽特奏隊が当てはまるようだ。
どちらも自分にしか出来ないことをやるんだけど、ベクトルが違う。
冒頭の話に戻るけど、今まで「アイデンティティー」でしか音楽をやってこなかったのね。
それはもちろん職人的な何かが常に支えていたと思うけど、オワリカラもソロもすべて自分の分身だったわけです。
それがないと「意味がない」わけ、存在に。
だから、今まで「支え」の方であった「サービス」(他の言葉が思い浮かばない)を、初めて職人として表舞台に立たせたのが科楽特奏隊でした。
誰に対する「サービス」かっていうと、「特撮文化」それ自体です。
正確には「特撮文化という大きなうねりとそこに連なる人たち(自分含む)、そして何より未来にそこに連なるかもしれない人たち」に
「おまえらこういうの好きやろ?わしはこういうの大好きやで〜。そした好きになれや!」という愛とサービスの入り混じったやつね。
あとは「好きな物への恩返し」、そして縁が生んだことだから、良い仕事したいってこと。
そんな感じで今日もやってこようかと思います。
時間が来た。

こんな長文なんて、
早起きなんかするもんじゃないなぁ

セッションとバードマンのこと(ネタバレあり)

どうも、ネタバレはツイッターではなくてブログに書く紳士です。ネットリテラシーの塊なのです。惚れないように。


セッションは、
音楽映画としてのカタルシスは皆無で、これは音楽映画ではなくて、スポ魂マンガ風の、スリラー映画だった。
でも体裁や締め方は音楽映画になっているので、どこかチグハグで煮え切らない雰囲気が不思議な後味になっていて、
そういう音楽×スポ魂マンガ、そしてサイコパススリラーを同時進行させるという荒業を使って破綻させずに評価されるものを作ったなんてスゴイと思うけど、こういう言い方は本当にドレだかわかりませんがアレだと思うんだけど、僕は700円くらいで見たいんだ。作った人たちの労力は尋常じゃないと思うから申し訳ないんだけど、青年漫画コミックス1冊分で見たい。

それよりも、このチグハグ感や、スネアをパンチでぶち抜くバカ感、なんか力技(セッションの場合役者の、時には方向を誤った頑張りと、「最近っぽい」接写のカットアップ)で攻めてくる感じ、そして何より題材の「音楽」「ジャズ」が実はテーマの中で重要じゃない、というのが何かに似ている…って映画見ている最中からずっと思っていて、家に帰ってからもしばらく考えてたんだけど、ハッと気づいた。
とどろけ一番』だ。
勉強を題材にしているのに、学力の話は一切出てこなくてテストは殺し合い、「どれだけ早く答案をめくれるか」とかそういう事ばかりこだわっていて、テストへ向けた修行と称して指で懸垂して、超合金の鉛筆を投げ合って試験で流血しまくって、最終的にボクシングマンガになる(くわしくは火星から来た漫読家)とどろけ一番に、ものすごい似ている。
これ大発見なのではないでしょうか、もしかしたら監督はのむらしんぼリスペクトなのではないでしょうか。
そんなわけないと思うけど、いっそこのテンションでとどろけ一番を実写化していただきたい。


ここからネタバレゾーン
あなたの目はあなたの体を離れ、この不思議なネタバレの世界に入っていくのです…云々



映画見終わったら隣に座っていたガールズ2人が「ねぇねぇ、ここはこういうことじゃない?」と推理を始めたんだけど、それがことごとく「ねぇねぇ、そこはそういうことじゃない!」という内容で耳を立てずにはいられなかった。
特に彼女たちが議論していたのは「自殺したのは誰なのか?」ということで、ていうかそれは劇中でもはっきりと、それはもうハッキリ!と、ショーン・ケイシーという鬼教官フレッチャーのかつての優秀な教え子だと描かれているんだけど、彼女たちが出した結論は「あのトロンボーンを吹いてたデブ」ということになった。
待て待て。
わりと序盤で泣きながら退場させられたトロンボーン吹きのデブッチョはたしかに可哀想だけど、たぶん元気だぞ。

でも、いまの時代にハラスメントというのが、どれほど根深く重要なテーマか、思い知らされた映画ではありました。思うにマンガ>映画>音楽の順にハラスメントに染められていて、観客も今はそれを求めている。

バードマンはどうなんだ。
映像の撮り方はすごいし、ショービズの世界の示唆に富んでるけど、これ日本人が見てみんな楽しいのか。みんないつの間にそんなに理想的映画ファンになったのか。僕だけが置いていかれてるのか。
そもそも主役が『バットマン』、助演のやつが『インクレディブルハルク』、娘が『アメイジングスパイダーマン』に出ていた役者って知らないと面白さ3割減じゃないのか。
これはすごい「業界人に褒められそうだけど、あとで思い出すとそんなに面白くない映画」な気がしてしまった。

しかし、どちらの映画にも共通してることは、ヒロインの女優がめっちゃキュートなことで、ヒロインの女優がめっちゃキュートなら2時間見てられるものだなぁという感慨深さ(ダークナイトやサムライミ版スパイダーマンに教えてあげたい)と共に、この2つの映画の最大の違いは、
バードマンがヒロインを最後まで出してヒロインの表情で映画を締めたのに対して、セッションはヒロインを退場させて途中からぜんぜん出さなくなったことで、セッション無能!セッション無能!セッション無能!


「僕はメンヘラ的弱音ツイートしまくって良いのはうら若い女性くらいだという古い考えの人間でしたが、水口さんのツイッターの存在を知って考えを改めました。 『メンヘラ弱音ツイートして良いのはうら若い女性と40代男性』に。」

なぜかまったくブログを書いていなかったです。
ここ数ヶ月、このページを開くことすら一度もなかった。
なぜかわからないけれど、世の中が大分遠く感じていたような気がして、
町の雑踏や流行歌は、ずーっと遠くに遠のいていくように感じていた。
それで音楽に集中できてたとこもあるけれど。
この間、新宿で弾き語りをして、良いライブだと思ったけど久々に一枚も売れなかった物販のCDを持って帰る途中、歌舞伎町の真ん中で盛大にコケてCDをぶちまけキャバクラ嬢とホストに笑われた時が、一番世の中が遠く感じたかなぁ、強いて言うならね。
今もそれほど変わらない、いや、昔からそうだった気もするけど、あの夜で底をついたのか、それでも繋がっていこうという気力が湧いてきたようなので、ブログを書こう。
なんでも良いから書こう、
日記からすこしずつリハビリだ。

今日は高円寺ウーハで弾き語り。
竹原ピストル氏はやはりすごくて、赤子のようにひねられた。
それでも歌うべきことはたくさんあったし、それを歌ったよ。
すごく良いイベントだった。

どうでも良い話でもしようか。
満員だったので本番前に店内のトイレにいけず、仕方なく近所のローソンでトイレ借りようとしたら水が溢れ出してて使えない。
一応後から来るお客のためにと思って初老の店員に「トイレの水溢れてて使えないよ」と言ったら、
「あぁ、そうすか・・・」とまったく相手にされなかった。
高円寺のローソンで働いてる初老の店員よ。
お前自分の店のトイレが溢れて使えないのになぜ対応しない。
高円寺のローソンで働いてる初老の、おれと同じ苗字の店員よ。
それとも僕が溢れ出させたと思われたのかな。
同じ苗字の者として一言物申しておく。

ビーハプ企画だったので、ラーメンに詳しいばかりに「麺王」というロトの紋章みたいな称号を持ってる企画主Mさんに教えてもらった天王という高円寺のラーメン屋がバリバリに美味しかった。
生姜醤油ラーメン。
こんな醤油ラーメンがあったらなぁ、という「ぼくのかんがえたさいきょうのラーメン」が現世に受肉してやってきたー!という感じでした。
さすが車輪眼を持つ麺王の子孫、と思いました(ナルトではない)。

ところで誰も気づいてないかもしれないので言っておきますが、わたしは今月3回もそれぞれ違う形態でビーハプに出演します。
今日は弾き語り、19日に科楽特奏隊、22日にオワリカラ。
返信のメールは遅い部類のバンドマンです。

さて、カナダツアー、モンパルナスの準備がはじまっている。
もちろんそれだけじゃないよ。わかるだろ?続々面白いことが決まっている。いや、やるのは自分たちだから面白くするのは自分たちで、面白がるのはキミたちだけど。
そして、とにかくアルバム、アルバムが作りたい!とっても作りたい!


センソウとタイソウ

最近聞いて面白かったのが、音楽に関するレコーディングの技術というのは、大部分が戦争によって進化してきたって話だ。
本当なのかよ〜?、と思いつつ、なるほどちゃん、説得力がある。
たとえばコンプレッサー(音を均一化する、ってちゃんとした効能はじめて知ったよ)は、潜水艦が海底で敵の位置を音で判別するために使われて改良されてきたとか、ヒトラーの演説をより多くの群集に届けるためにマイクやスピーカーのサウンドシステムが改良開発されたとか、そういう話を聞いた。
いま人々の命を救う医療技術も、戦争下で「いかに人を殺すか」を研究した結果の副産物だし、戦後に蔓延した覚せい剤シャブ(ヒロポン)は戦争中に軍人の気付け・士気向上のために作られたものが市場に流れた結果だ。
国を挙げておこなう最大の行事「戦争」というものは、本当に永久にその影をあらゆる場所に落とし続けるのだけど、すごい身近に戦争の影響があるものがあった。
それが体操だ。

昔から「手を上げてOOの運動〜!」という号令による「体操」というのが、これなんか変だよな〜と思いながらやっていたけど、この「体操」には戦争の影響があるという説がある。
大昔は戦争は侍とか武士の仕事で、一般的には農民商人には「わしらには関係ないことだべ〜」という感じだった。
訓練された一部の人々の力量が「=兵力」になった時代があったのだ。
次第に近代になるにつれて諸外国と戦争するようになると今までとは桁外れの兵力が必要になって、国民総動員で兵隊になって戦争する必要に迫られた。
でも今まで農業だけに従事してきて「わしら、いくさのことなんてわからないべ〜」という何の経験もない農民一人一人を、独立した兵隊として使えるように育てるのは時間もコストもかかりすぎるので、軍部や政府は国民を集団として号令一つで動かせるように訓練した。
「前に進め」と言えば前に進む、「右を向け」と言えば右を向くように訓練することで、「考え行動する」個人としては戦力にならなくても「号令に合わせて行動する」集団としては戦力になるようにしたのだ。
この訓練に用いられたのが号令に合わせて行う体操「兵式体操」で、戦いの素人を号令で動く兵隊に変貌させるのに戦時下において著しい成果をあげた。
この成果をふまえて、これを教育の場に持ち込んだのが学校で行われている「体操」だ。
つまり「号令で動く管理しやすい集団」を作り出すための体操が、あの体操だってことだ。

別に「体操は戦争の落とし子だ!今すぐやめるべきなんだい!許せないんだい!」とか言いたいんじゃなくて、子供の頃から当然と思っていたことの中にも戦争から脈々と伸びた影があったりすることが面白く、またある種恐ろしいなぁと思った次第です。
ここ読んでて明日体育がある学生諸君がいたら、明日の体操の最中に「ここに戦争の影が・・・!」とか力説したら、クラスの人気者になれるんじゃないかな。
いや、たぶん友達減るけどね。


さて、そしてワンマン

ワンマンにまつわるいろいろな準備が、先日終わったところ。
あとは「やるだけ」状態。
精神統一して一週間後のその日を待っている(練習しながら)。

デモ音源の制作、アートワークやTシャツ、グッズのデザイン、アー写の監修と、すべて自分でやる、となってからこの数ヶ月を走り抜けてきた。
こんなのは2008年バンド組んですぐに作ったデモ音源以来だ。
「全部自分でやる」というのが必ずしも良いことだとは思わないけど、今というタイミングでたった一つの視点だけで物を作れたことが良かったと思う。
すべてに自分たちが行き届いた物がみんなに渡せる。
組み合わせたら、1人の人間の皮膚が組み上がるような、そんな感じ。
ある意味での内輪感(なんといっても新曲のテーマは「めでたくない賀正」「冬虫夏草」だからな。)もあり、それはそれでこういう形でしか出来ないことが届けられると思う。

新曲デモのレコーディングはGO GO KING RECORDERS(studio)で行った。
今回の新曲2曲はGGKR加納さんとの処女セッションで、これから続いていくセッションの第一次接触だ。
こっからこなれていって、倦怠期の夫婦のようになり、老夫婦になるまでセッションはつづく。
そして、オワリカラとしては初のアナログテープ録音!
初のアナログテープ録音!
初のアナログテープ録音!
デジタルデータでなく磁気テープに録音する、60年代からあるアレだ。
今までもアナログテープで録りたいとはずーっと思っていたけど、機会が無くてできなかった。
誰ともなく「金がかかる」「直しがきかなくて大変だ」とも聞かされていたんだけど、いざやってみたら「なぜこれを今までやって来なかったのよ」というその一言。
(いやあ、今だからこそ出来たのか?そうかも。)
正確にはアナログテープとデジタルデータの合わせ技なんだけど、これがこれからのオワリカラに一番合うんじゃないかという手ごたえがある。



このテープで録音


ライブ盤は2014年のライブ、渋谷WWWワンマン、千葉LOOK(88とのツーマン)、下北沢ClubQUE(CARNATIONとのツーマン)から選んだテイク。
WWWワンマンあたりから演奏の芯が一つ強くなっていってるように感じて、この感じでライブ盤を作りたいと思っていた。
僕自身がライブ盤というのがすごく好きだというのもある。
綺麗で完璧なライブ盤も、ギリギリで生なライブ盤も好き。
今の気分で選ぶと、完璧なのはジョニミッチェル『Shadows&Light』、ギリギリなのは郷ひろみ『HIROMI ON STAGE』。
今回は30分、とにかくグルーヴの存在が感じられる演奏を選んだ。
テイクはすごく良いと思う。
爆音で、ノンストップで聴いてほしい。

こうして周りのことをいろいろ準備して(したからこそ)、ライブ本編はできるだけシンプルな純度の高い物にしたくなった。4人がそこで演奏している事実が、ひたすらに近くに聴こえる夜にしよう。
ウザったいくらいひたむきにやってやろう。ありきたりな感謝の言葉はその日まで置いとこう。

最近、バンドの解散が多いな。10個くらい聞いた。6年オワリカラをやってきて、バンドの解散は本当に冬が多いと学んだ。
時代というのもあるし、やはり寒くなるといろいろあれなのか。
センチメンタルな季節を、せめて軽快に生き抜ける一夜を作りたい。
こういう時代にこういうバンド、まだまだ大丈夫じゃん、とそこにいる人だけでも信じられる夜にしよう。この夜に、2015年のオワリカラは始まる。


大槻ケンヂ氏の番組に出た。
僕の人生で唯一サインをもらったことのあるミュージシャン。
紳士だったなぁ。この人の影響でどれだけの人が希望を与えられ、どれだけの人が人生を踏み外したのだろうか。
罪深きオーケン。
でも「XJAPANに対する筋少、SEKAI NO OWARIに対するオワリカラで頑張っていこう!」
という言葉。
またここに、やっぱり希望と踏み外しが生まれたのでした。




賀正

昨年はたくさんお世話になりました
2015年もよろしく






2015年最初のライブは1月7日の弾き語り@新宿motionがあり、
オワリカラは1/24東京2/1大阪のワンマンがあります。
科楽特奏隊は2/3に下北沢にやってきます。


そばもん

科楽特奏隊で長野へ行ってきて、ものすごく久しぶりに長野でライブした。
長野といえば蕎麦らしく、りょうさん(長野出身)オススメの素晴らしき蕎麦を食べれて、『そばもん』という蕎麦職人マンガで身につけたウンチクを語って人を心底ウザがらせるという念願も叶ったので良かったよ。



この「蕎麦がき」が美味だったな。
蕎麦がきって蕎麦粉をこねて煮ただけのもんで、つまり「切る前の蕎麦」って感じの料理。
実際、蕎麦を切って麺状にするより前にあった蕎麦料理で、縄文時代から食べられていたらしい。
ははは、どうだ、これが蕎麦ウンチクだ。ウザいだろ。
酒とか飲める蕎麦屋だったら、大体あると思う。
そばもん読むまで知らなかった食べ物。

長野ネオンホールはすごく良いところだった。呼んでくれて嬉しかったよ、花ちゃんに感謝。ネオンホールではいつか弾き語りもしてみたい。
僕らの演奏に、対バンだったデパートのかいじんのメンバー「下じい」が飛び入りしてくれた。下じいは元バンドマンの暗黒舞踊の踊り手らしく、白塗りの全身で怪奇を表現してくれた。演奏メンバーは20代だけど、下じいは50代くらい?で、そういうメンバーがいるのがすごく自由で面白くて好きだった。ベースのてんくんとも話して良いヤツだった。またどこかで一緒にやりたいな。

個人的にはすこし、美学に反する演奏をした。時間的な理由でクオリティが下がるなら、そもそもやるべきじゃない。明日への糧にしよう。もっとこの5人のグルーヴも追及してみたい。「特撮ロックカバー」自体に説得力を持たせるには、好きで好きで仕方ないという想いと、生半可なロックバンドは裸足で逃げ出すようなグルーヴの、双方があってはじめて特撮を知らない人も笑顔にする説得力にたどりつくような気がする。それは実はロックバンド以上にロックバンドな茨の道で、でも好きで選ぶなら楽しんで進むべき茨の道だ、だって好きで好きで仕方ないんだからね。

科楽特奏隊は実はオリジナル曲を作っていて、その記念すべき1曲目は特撮映画『獅志仮面あうん』の主題歌。僕が曲を書いて、アレンジをりょうさんに投げて、科楽特奏隊で演奏する。
すごい良い曲なんだけど、その『あうん』の曲がイッチーが作った特撮音楽コンピに混じってネオンホールで1回だけ流れた(気付いた?)。
僕の好きだったたくさんの特撮名曲に混じって客観的に聴いて、まちがいなくすごい特撮音楽になっていると思った。これ、嬉しかったな。
あと1972年『南海の大決闘』の時の曲、子門正人が歌う『ロックロックゴジラ』。これ超かっこいいな。ロックロックだ。これやりたいぞ。

今日は科楽特奏隊は冬のコミケに参加してる。僕はずっとはいられないけど、いられる時間はブースに行きます。コミケに来てる人は寄ってって(西地区「ら」03a)。
そして夜、オワリカラが下北沢ベースメントバーで年内最後の東京ライブ。


イルミネイトラーメン

子供の頃から、ネオンや電飾とか暗闇で光ってるものが好きだった。
夜の中に光るイルミネーション、看板、車のライト、蓄光で光る人形、暗闇に立つウルトラマンの目とカラータイマー、星、月など。
秋葉原グッドマンの入り口にある光ファイバー(なのか?)のツリーのような物に夢中で、何時間でもワシャワシャしてられそうだった。

無事終了したよしむらとのツーマンはすごく良かった。
こやつ本当に良い曲書くなぁ、と。
自分としても、昔の曲を引っ張り出してもう一度かじりついてみて、発見があった。
この間、津田君と飲んでて「昔の曲が久々にやったら良かった」的なことに「どの時期のどんな曲も、良い曲なんだ。だからボツになった曲だって何だって、残しておくべきなんだ」と言っていたけど、そうかもしれない。
これは究極の発言だが、一理あると思います。
もう一つの発見はタカハシヒョウリバンド(というのも変だけど、仮にそう呼んでおく)が想像を超えて良いバンドだってこと。
でも、いつだって想像を超えないものは、やってこなかった。
それぞれの世界で戦って育って、またいつか集まってやろう。
最後によしむらといつものラーメンを食べた。
やっぱり美味い。

よしむらと、わりと日ごろ一緒にいる機会があるので、改めて2人で写真を撮るなんてこともせず。
2人で写真内に納まっているのを探したら、1枚だけあった。



ほら。



ここ。

翌日、昼ごろにLINEからメールが届いていた。
小腸はみ出し夫という自分が10年くらい前に考えて細々と描きつづけて来たキャラクターのLINEスタンプを作って申請していて、それに対する返信だ。
内容は「あなたのスタンプ案がリジェクトされたよ」というような英文で、英語疎いので「リジェクト」っていうのは「承認」という意味だろうと勝手に解釈して「予定よりだいぶ早いなぁ」とか小躍りして、夜にちゃんと読んだら

「LINE Creators Marketをご利用いただき、ありがとうございます。

申請されたスタンプは、以下の審査ガイドラインの項目に該当いたします。


対象:画像

3.11.過度に不快、または粗野なもの
3.15.ユーザーが混乱、嫌悪するように設計されているもの

申請されたスタンプは、殆どのスタンプが審査ガイドラインに該当いたします。
スタンプの一部を修正されても審査は通過いたしません。」

さすがに自分でも笑ってしまった。
猛烈なまでの拒否。
申請した40個のスタンプがすべて(!)が審査に通らず、つき返されて来たという大拒絶。
こんなに早くダメになるのは逆に珍しいらしく、相当な勢いでダメだったんだろうなぁ。
自分のセンスが公序良俗に反しているのは、ロック音楽家的には別に結構なことなのだけど。
どうも基準などにあいまいなところもあるので、水面下でもう一度やってみるつもり。

昨日はオワリカラ年始ワンマンに向けての打ち合わせ。
あらゆる意味でものすごく詰め込んだものになる(から、この準備でおそらく忙殺される)。
東京と大阪でしか開催しないのは申し訳ないとこだが、遠方からも見に来てほしい。その価値はある祭りだと思うから。
自由に楽しんでいってよ。


ここのところ

オワリカラのスタジオ作業をやっていた。
便宜上、「出会うべくして出会った職人と生んだレコーディングセッション1」と呼ぼう(1なので当然2もあるだろう)。
今回のスタジオは心底最高だった。興奮冷めやらなヌ。
そこで録りおえた曲(歌も演奏も一発録り)を聴いていて家で泣いたとエンジニア氏からメールをもらって久々にブログを書いている。
「ここから10年のスタジオのテーマソングにする」と、
そんな事を言うエンジニアは初めてで、「大げさだなぁ」と笑い、良い音楽が出来ているのだな、と思った。
「物作り」が好きで、「物作り」に向かうエネルギーも好きで、そういう物を燃え上がらせられる曲ができたなら、それも一つの最高のエフェクトだ。
リリースの予定も無く、ただ作りたい曲を作り、録りたいように録ったのはいつぶりか。
でも早く曲を揃えてアルバムにしたくなってしまった。
ちゃんと素晴らしい包装にくるまれて、ちゃんと宣伝をして、ちゃんとたくさん店に並ぶべきだと。
レコーディングなんて始まりに過ぎないのだ、これから始まるすべてに比べれば。
いつになるかはわからないけど、一つずつクリアしていけば決して遠い話じゃないと信じている。
少し待ってほしい。

今日はよしむらひらくとソロバンドセットでツーマン。
あれは5年前か、6年前か。
ライブハウスで演奏していて、それほど客もいない新宿motionでなぜか最前列で微動だにせずじっとバンドを見ているとっつきづらそうな男がいて、それがよしむらとの出会いだったと思う。
その日に話しかけられたのか、お互いにCDを交換して、家で聴いたよしむらの音楽を僕は気に入った。
「シンガーソングライター」というのはこういう曲を書くだろう、という自分の中の美学に一致した音楽と声、言葉だった。
当時のよしむらが自分でミックスした、曇り空のような少しくぐもった音質もヤツのとっつきづらそうな遁世オーラを完璧に表現していてトータルアート的に完成されていた。
近所というのもあって、以来頻繁に麺類を食べる間柄になったけど、ヤツはまだとっつきづらさを残している。
そして今でも僕の中の「シンガーソングライター」とはよしむらひらくだ。
だからよしむらと対峙するときは「シンガーソングライター」として対峙したいと思ってしまうのは、おれのワガママだ。

音楽的に否応なく素晴らしく、人間的にも実に「出来上がって」いるメンバーのタカハシバンドセットもすごく良いバンドで、しかし本当に1年に数回やれたらラッキー、くらいの感じなのでこの機会に見てほしい。

これを入れて年内のライブは、あと4本。
一時期、年間で108本くらいやっていた時に比べると本数は減ったけど、程よい緊張感はある。
 

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